
東京芸大の展覧会「例えば (天気の話をするように 痛みについて話せれば)」へ
紅葉日和の晩秋、東京芸術大学へ。

イチョウの木がとても綺麗で青い空に映えます。思わず見とれてしまいますが、こちらのレンガの建物ではなく、その向かいにある陳列館へ。陳列館は、東京芸術大学大学美術館の一部として、様々な作品展が開かれています。今回は表題にある「例えば (天気の話をするように 痛みについて話せれば)」の展覧会へ伺いました。この展示自体はもう終わってしまったのですが、興味深い取り組みなのでご紹介します。

まず2階へ上がってみると、天井が高く広々とした気持ちのいい空間です。昭和4年に建てられた建物だそうで、建築としても見入ってしまうような趣があります。外観もクラシックでいい雰囲気ですよ。

この展示は、年々激化するトランスジェンダー差別に対する反対を表明するプロジェクトとして2021年より秋田で始まりました。自分の痛み、他者の痛みについて安全に話せる場として、絵画やオブジェ、写真、映像、音楽など、様々な形で表現した作品を展示しています。そして2025年は東京へ。トランスジェンダーからさらに枠を広げ、あらゆる差別に反対する声が集まれるような場として開催されました。
興味深い様々な作品があり、本当は全部ご紹介したいところですが、今回はマスキングテープの取り組みにクローズアップして、ご紹介させていただきます。

こちらは神奈川県にある「あおば支援学校」の中学部のみなさんの作品。生徒たちがマスキングテープのデザインを描くというプロジェクトです。様々な障害を持つ子供たちが、それぞれのハンデに合わせて絵が描けるように、先生たちも一緒に工夫を凝らし、うまくリードしながら、彼らの個性を生かした作品を作り上げています。
テーマは「春夏秋冬」。左端の緑色の作品は、桜の花と葉をイメージしたそうで、マスキングテープの軸の輪っか部分にペンを添わせて丸を描いています。その隣は、青空に日差しがキラキラしている様子を現したもので、描いてくれた子は、小さなボールに色を付けて発射台から飛ばし、紙にボールを当てて描いているそうです。この二つの作品を合わせて、1つのマスキングテープのデザインが作られています。
真ん中右の黄色地に描かれているのは夏の海。これを描いてくれた子は普段車椅子で生活しており、なかなか海辺へ行くことが難しいのですが、一度だけ行った楽しい海の思い出を絵で表現してくれたそうです。そして右端は、ペンで描く代わりに電子黒板に手を触れることで、伸び伸びとユニークな線を描いています。どれもアートとして素敵な作品に出来上がっています。これらの絵もそれぞれ元になってマスキングテープのデザインが作られ、展示期間中には、作品を観に来た方へ完成したテープが配られていました。これは嬉しい試みですね。
これらはみんな、特別に絵の才能がある人というわけではなく、だれかやりたい人は?と投げかけて、やりたい!と自ら一番に手を挙げた人たちにやってもらったそうです。
今回このプロジェクトに関わった、あおば支援学校校長の藤岡歩さんと、デザイナーの前田高輔さんにお会いし、お話を伺うことができました。

左がデザイナーの前田さん、右が校長の藤岡さんです。
「うちの学校は、子供たちが地域に貢献できる教育活動をやって行くことを主眼にしています。三菱ケミカルさんから地域連携でこの話をいただいたとき(*)は、学校の理念、方向性ととても合致していると感じました。子供達が社会のために何かをするということに一歩踏み出せた、やりがいのある活動でした。今後もぜひ継続できたら嬉しいです」と藤岡さんは言います。
前田さんはデザイナーとして、子供たちの作品をマスキングテープという具体的な製品にするためのお手伝いをしています。東京芸術大学の出身で、大手メーカーでインハウスのデザイナーとして活動後、現在は企業に所属しながら個人としても活動。母親が福祉に関わっていたこともあり、以前から自身でも何かできることはないかと模索していたそうです。
「もともと壁紙などのデザインを専門にやっていたので、連続した模様のデザインは得意分野でした。今回、生徒さんたちの作品を生かしたものづくりに協力させていただきましたが、先生たちの驚くようなアイデアにも触れ、こんな多様な形で表現することができるのだ、と新しい視点で学ぶことが多く、自分も大きな刺激を受けました。とてもいい機会をいただいて、感謝しています」と前田さん。
「子供たちがみんな楽しみながら作ってくれ、自分たちの作品がマスキングテープになることを、家族も含めて喜んでくれました。今回の取り組みはとても大きな励みになったと思います」と話す藤岡さん。特別というわけでもなく、普通の子供たちが参加して、社会に関われたことに意味がある、と語ります。「実は高等部の子供たちも本当はやりたいって言ってたんですよ。だから引き続き、この活動は続けて行きたい。今回出来上がったマスキングテープを使って、また何か新しい作品を作っていくのもいいねって話をしているんです」
(*)このマスキングテープの活動については、前田さんが三菱ケミカル株式会社の研究所でデザイナーとして働いていた際に、研究所の地域連携活動(リビングラボ)の取り組みとして提案されました。展示されているマスキングテープは三菱ケミカル株式会社の中長期の研究を担う研究所であるScience & Innovation Centerにある展示施設KAITEKI Paletteのノベルティとして制作されました。

マスキングテープ提供:三菱ケミカル株式会社
上記の写真は出来上がったテープですが、テープ自体のアート性が高く、パッと見て、あら素敵だな、欲しいなと感じさせる独創的なデザインです。さらにバックストーリーを知ることで、デザインへの思いも深まります。
マスキングテープが実用品としてだけでなく、嗜好品としての文化を育んできたことで、新しい可能性を広げることができた、と前田さん。マスキングテープって、嗜好品としては可愛い、きれい、楽しいなど、陽気でポップなイメージですが、そのおかげでささやかながらも軽やかに、社会のお役に立てることもあるのだなあと、お二人の話を伺いながら実感しました。このような取り組み、今後も機会があれば紹介して行きたいと思います。お時間をいただいた藤岡さん、前田さん、ありがとうございました。

